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日本の場合にもDRG/PPSの導入が患者に在宅医療を強いる可能性は十分にある。
このとき、入院患者は病院から自宅へと居場所を「変える」。
そして、いくら在宅医療にも配慮して診療報酬体系が改正されたとしても、今後の医療財政の余裕の無さを考えると、やはり、ここでも患者への負担転嫁が起こることは想像に難くない。
米国の場合と同様に患者は別途に民間在宅医療保険に加入して備えざるを得なくなるだろう。
そのときには患者たちは米国マネジドケアのような医療サービスの『出し渋り』のショックを経験することが危倶される。
搬診療報酬改定に際して、薬価引き下げとそれを原資にした診療報酬アップといった付け替え作業が行跡われて久しい。
薬価引き下げの根拠は不透明な薬価差をなくすことを錦の御旗にして来た。
しかし、れもいよいよ尽きた。
薬価差が全くなくなったわけではないが、ほぼ妥当な流通経費と考えられる差額畑辺りに至ったのである。
それでもわが国の場合、医療費総支出に占める薬剤費割合は他の先進各国と比べて異常に高く、この点で、まだまだ薬剤費償還の管理が必要と考えられている。
そこで、厚生省では洲先進諸国で近年に導入され始めている参照価格制を従来の薬価基準に代わる新薬価管理方式として提案している。
じつのところ、参照価格制というのは同じ三一口葉ながら内容は国によって異なっている。
米国での議論では、ひとつの薬剤に対して諸外国で支払われている価格を参照することを指している。
その他の国々ではWHOが定義した代替処方可能な薬剤のグループを前提に参照すべき価格を決めると考えている。
そして、参照価格以上には償還することはない、つまり、それ以上の価格については差額を保険者以外に責任を持たせるというものである。
その結果の評価については、国によってまちまちであるが、早くに取り組んだドイツは参照価格制の見本とされている。
ドイツではそれまで自由価格制であった薬価を規制したところ、医師は処方を変えることで自分たちの利益を確保しようとしたため、薬剤量がかえって増えてしまい、結局は薬剤費支出総額が増えてしまった。
そこで、政府は処方量も規制することで、やっと薬剤費の抑制が成ったが、薬剤処方のうまみを失った一般医たちは、患者をさっさと病院や専門医に送るようになり、これらの部門での医療費支出が増えて、薬剤費抑制効果を相殺する、もしくはマイナスにする結果を引き出したといわれる。
わが国の場合には参照価格制を上限価格制などと呼んで、要するに成分や薬効などでグループ分けしたなかで、目印となる薬を決め、これに付けた価格を超える分については、患者の自己負担にするというものである。
しかも、参照価格以下の分についても定率で自己負担するというわけであるから、これまでと比べれば、参照価格を超えた分の負担可能性だけ保険給付の後退である。
国民性を考えると、病で出向いた患者が、医師から負担の大きいものと小さいものとでどちらを選ぶかと聞かれれば、早く治りたい一心もあり、また一億総中流の国民意識もあって、多少の負担増を我慢することのほうがありえそうだ。
ならば、薬剤支出割合は減るどころか、増えることの方がありそうで、不思議の国、日本という評価は続くであろう。
ただし、ここでも、患者の負担増となれば、国民の目は健康保険料に対して厳しくなるであろう。
ましてや、公的保険では足りないからと民間保険加入の心配もしなければならなくなるとするとなおさらである。
厚生省は九七年八月に医師需給の検討委員会を設けた。
じつのところ、これは八四年の「将来の医師需給に関する検討委員会」、そして九三年の「医師需給の見直し等に関する検討委員会」に続いて3度目の検討委員会である。
最初の検討委員会は八六年に委員会意見を公表したが、その内容はやや楽観的にみたとしても二〇二五年には一〇%もの供給過剰が見込まれるため、九五年を目処として医師の新規参入を少なくとも一〇%程度削減する必要があるというものであった。
その結果、全国大学医学部及び医科大学の入学定員は漸次減らされて、九四年までに七・七%の削減が実施された。
しかし、当初目標の一〇%には達していない。
一方、この間に医療制度の大きな改正があり、また、九二年に厚生省健康政策局医事課で行われた将来の医師供給の推計では医師過剰の事態が接近しているとの危倶を表明するものであった。
そこで、第二回目の検討委員会が設置され、九四年暮れに意見書が提出されたが、その検討結果はやはり先に同じく医師過剰時代の接近を追認するものであった。
米国のマネジドケア組織では医師や薬剤師を内部に抱えたり、あるいは外部のPBMを使ったりして、償還可能な薬剤のリストを作って薬剤費抑制に努めている。
また、米国の社会通念では風邪ぐらいでは医者のところへ行かないのが当たり前であり、ましてや、病院には行かない。
それでなくとも、町の薬局で売られている大衆薬は効くのが当然と理解されている。
わが国でも一連の医療改革の流れの中で、医家薬の店頭薬転用の拡大が促進されるであろう。
そうすれば、国民の問で売薬も効くという理解が生まれ、外来患者は本当の急性期患者のみに「変わる」ことが期待される。
この問題については、他にも利害関係者が多い。
たとえば、第一回目の検討委員会意見として一〇%の定員削減を目標として掲げたにもかかわらず、八%弱にとどまったのは公立大学の協力が進まなかったからである。
地方自治体としては中央の意向だけで医師供給枠を狭められるのは納得がいかないといったところであろうか。
もっとも、日本医師会などの場合にはさほど反対する理由はないはずである。
というのも、法律によって医師の業務独占が許されているが、医師の供給が進むと独占のレベルが下がるのは必定である。
そして、医師に限らず弁護士や会計士など、たいていの業務独占を許されている者は仲間の数が増え過ぎることを望まないものである。
ところが、医師の腕を「買う」側の病院経営者は、同じ医師でも考えが異なるであろう。
同様に、医師の腕を「買う」側の患者も厚生省や日本医師会とは違って、医師過剰にさほど異を唱えるとは思えない。
今のままでは、医師の数は正味で毎年五、六〇〇〇人ずつ増えていくため、医療機関だけではこれまで同様の雇用待遇を維持することが難しくなるであろう。
しかし、目を他に転ずると、医療知識の専門このたびの第三回目も医師過剰の事態を確認するのは間違いがないと予想されたが、案の定、九八年五月中旬の結果報告ではそのような医師需給推計を確認した。
目新しいのは、介護保険制度の創設などの新たな要素を勘案した上でも医師は余るという点ぐらいである。
そして、この報告書では高齢者人口がピークにかかる二〇二〇年までに新規参入医師数の一〇%削減を目指すことを提案している。
しかしながら、それが第一回目のように実行力を持った医学部入学定員削減策に結びつくかどうかはまだ定かではない。
何分にも、定員削減は厚生省だけでは決められず、文部省との折衝が不可欠であ家としての医師を求める場はいくらでも考えられる。
ちなみに、米国の「マネジドケア組織」の場合には、診療する医師たちを管理する「医師たち」を多く抱えている。
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